一行から生まれた二枚の地図 — AIで何ができて、何ができないのか

AIに一行だけ頼んで実際に使える成果物が出るのか、地図を二枚つくって確かめました。40分で出てきた結果の裏側では、データを二度入れ替え、計算の誤りを二件見つける必要がありました。業務でAIに任せられる仕事と任せてはいけない仕事の境目、そして形だけ整っていて中身が誤っている成果物をどう見抜くかを、実際の事例で整理します。

AXAI変革実務適用

つくれるかどうかは、もう問題ではありません。 つくったものが正しいかを誰が確かめるか。それが問題です。

先週末、地図を二枚つくりました。一枚はソウルの花火大会がどこからよく見えるか、もう一枚は全国の秋の花がいつどこで見ごろになるかを示す地図です。

依頼はそれぞれ一行でした。

この記事は成果物の自慢ではありません。私たちが知りたかったのは別のことです。このやり方を会社の業務に持ち込めるのか、持ち込むならどこまでか。 その境目を実際につくって確かめました。

何をつくったか

一枚目は観覧スポットの地図です。 「ソウルの地図と標高データを使って、花火がどこからよく見えるかをヒートマップで示してほしい」という一行でした。40分後には、ソウルを30メートル四方に区切った99万マスごとに視界が開けているかを計算した地図ができていました。

二枚目は秋の花の地図です。 「ある植物を見るにはいつどこへ行けばよいかを地図に重ねてほしい」と頼みました。全国62か所の見ごろを集めて時間軸に乗せ、日付を動かすとその時点で咲いている場所だけが明るくなります。

どちらも公開しています。つくる過程は花火の地図編秋の花の地図編に詳しく書きました。

以前はなぜできなかったのか

同じ仕事を数年前にやろうとすると、二か所で止まりました。

第一に、そんなデータがあることを知りませんでした。 欧州宇宙機関の全世界標高データ、欧州委員会の建物高さデータ、韓国山林庁の紅葉予測。すべて無料で公開されているのに、あることを知らなければ探せません。これが長いあいだ本当のボトルネックでした。

第二に、形式を突破するのに何日もかかりました。 衛星データは見慣れないファイル形式と見慣れない座標系でできています。専用ツールを入れて使い方を覚えるだけで数日です。

いまはどちらも数分です。ところがボトルネックは消えたのではなく、移りました。

新しいボトルネックは検証です

作業の途中でこんなことがありました。

標高データを取り込んで確認すると、汝矣島パークワンの位置が13メートルと出ました。実際には333メートルの建物が立っている場所です。別のデータに替えてみると、今度は63ビルが18メートルでした。

理由は単純でした。全世界の標高データはたいてい地面を測るためにつくられており、建物は雑音として消されています。地質調査や洪水予測には正しくても、都市で視界が開けているかを問う仕事にはまったく役に立ちません。

ここで大事なのは、このデータがエラーを出さなかったことです。形式も座標も数値も問題ありません。そのまま計算していれば地図は何事もなく完成したはずです。ただし誤った地図であり、おそらく誰も気づかなかったでしょう。

形だけ整った成果物がいちばん危ない

これがこの記事でいちばん伝えたいことです。

AIがつくる成果物の危うさは、とんちんかんな答えを出すところにはありません。とんちんかんな答えは目につきます。危ないのは形の整った成果物です。 地図の形をしていれば人は地図だと信じます。表と数字の入った報告書の形なら検証済みの資料だと信じます。

組織ではこの問題がさらに大きくなります。現場がつくった資料が報告ラインを上がっていくあいだに、数字の出どころをたどる人はどんどん減ります。上に行くほどその資料は確からしく見えます。

そこで私たちはこう整理しました。AI導入の成否は何をつくれるかではなく、つくったものが正しいかを確かめる手順を併せて置いたかで分かれます。

できることとできないこと

二件つくってみて、境目がかなりはっきりしました。

いまできることまだ難しいこと
公開データをつないで答えを出す一回限りの分析動き続けなければならない運用システム
形式が阻んでいた資料を開く仕事社内データなしに下す業務判断
判断に使う根拠を集める仕事検証する人がいない自動判定
つくるか決める前の試作規制や安全がかかる責任領域

左は誤っても取り消せて、確かめる人がいる仕事です。右は取り消しにくいか、誤りに気づかず通り過ぎる仕事です。

とくに運用システムは、つくることと保つことがまったく別の仕事です。40分でつくったものは40分で直せますが、半年後に障害が起きたときそのコードを引き受ける人がいるかは別問題です。この話はAIエージェント一年の振り返りで扱いました。

実務で効いた四つ

目的と成果物の形を一緒に伝えます。 最初の依頼には「どこからよく見えるか」という目的と「ヒートマップで」という形の両方がありました。目的だけ伝えると表が出てきて、形だけ伝えると見栄えはよいが使えないものが出てきます。

データを指定せず、代わりに出どころを求めます。 どんな公開資料があるかは人より機械のほうがよく知っています。特定のデータを名指ししていたら、建物が抜けたまま終わっていました。代わりに「この数字はどこから来たのか」と問えば根拠がついてきます。二枚目で山林庁の予測資料が出てきたのもその問いのおかげです。

結果がおかしければ根拠を見せてもらいます。 南山の頂上が0点と出たとき、「なぜこうなったのか根拠を見せてほしい」の一言が計算の誤り二件を引き出しました。この一言がなければ誤った地図をそのまま受け取ります。

限界を先に尋ねます。 「この結果で信じてはいけない部分は何か」と聞きます。答えが返ってこなければ、その成果物はまだ途中です。

費用はどうなるか

この種の作業の費用は人の時間よりトークンから出ます。資料を多く読み、何度も見直すほど増えます。見積もりと実費がなぜ食い違うかはAIは実際いくらかかるのかに別途まとめました。

ひとつ付け加えると、見直しが多い作業ほど費用は上がります。 ところが見直しを惜しむと、先ほどの形だけ整った成果物が出てきます。検証にかかる費用は削る対象というより、受け入れる対象に近いものです。

おわりに

こうした作業を「ワンクリック」と呼ぶことがあります。やってみると、その言葉の意味が少し違いました。

仕事が減ったのではなく、人の手が動く回数が減ったのです。 あいだにあった判断は消えたのではなく機械の側へ移り、移った分だけその判断が正しかったかを確かめる仕事が人に新しく生まれました。

AI導入を検討されるとき「何を自動化できるか」だけを見ると半分しか見ていません。残りの半分は「その結果が誤っていたとき、誰がいつ気づくか」です。二枚の地図から得た結論はそれです。

社員がすでにそれぞれAIを使っている状況なら、検証の手順をどう立てるかはさらに急ぎの問題になります。その話は社員はすでにAIを使っていますで扱いました。